大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3807号 判決 1972年4月28日
原告 三井澄
右訴訟代理人弁護士 村岡素行
被告 兵頭義雄
<ほか五名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 小林保夫
右同 酉井善一
右同 林伸豪
右小林保夫訴訟復代理人弁護士 梅田満
主文
一、原告に対し、被告兵頭義雄は別紙物件目録記載の建物のうち別紙図面記載の①の部屋を、同石原立雄は同③の部屋を、同荒尾忠敬は同②および④の部屋を、同川上愛子は同⑤および⑥の部屋を、同日高昇一郎および同峯山祥明は同⑦の部屋を、それぞれ明渡し、かつ、昭和四三年五月一九日から右各明渡しずみに至るまで、同兵頭義雄は一ヶ月金四、〇〇〇円の割合による金員を、同石原立雄は一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員を、同荒尾忠敬は一ヶ月金五、五〇〇円の割合による金員を、同川上愛子は一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員を、同日高昇一郎は一ヶ月金一、五二七円の割合による金員を、それぞれ支払え。
二、原告の被告兵頭義雄、同石原立雄、同荒尾忠敬、同川上愛子および同日高昇一郎に対する各その余の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、被告らの負担とする。
四、この判決の第一項は、原告において被告らに対し各金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれについて仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告兵頭義雄は別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)のうち別紙図面記載の①の部屋(以下①の部屋という)を、同石原立雄は同③の部屋(以下③の部屋という)を、同荒尾忠敬は同②(以下②の部屋という)および④の部屋(以下④の部屋という)を、同川上愛子は同⑤(以下⑤の部屋という)および⑥の部屋(以下⑥の部屋という)を、同日高昇一郎および同峯山祥明は同⑦の部屋(以下⑦の部屋という)を、それぞれ明渡し、かつ、昭和四三年四月四日から右各明渡しずみに至るまで、同兵頭義雄は一ヶ月金四、〇〇〇円の割合による金員を、同石原立雄は一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員を、同荒尾忠敬は一ヶ月金五、五〇〇円の割合による金員を、同川上愛子は一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員を、同日高昇一郎は一ヶ月金一、九〇〇円の割合による金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告ら訴訟代理人は、「原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告訴訟代理人は、請求の原因および被告らの抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。
(請求の原因)
(一) 本件建物はもと訴外川端栄治郎の所有であったところ、昭和二四年七月二〇日訴外川端清治郎(以下清治郎という)が右川端栄治郎から本件建物の無償譲渡を受け、同年八月二九日その所有権移転登記を経由したが、同三三年四月一六日清治郎は訴外三山義治(以下三山という)に本件建物を売渡して、同日三山のためその所有権移転登記をなした。ところが、同三五年一一月二四日清治郎は三山から本件建物を買戻して、登記手続上は、同三三年四月一六日錯誤を原因としてこれが所有権移転登記を受けた。
(二) 昭和三五年一二月三日原告と清治郎は、同人が原告に対し負担する金一、五五三、〇〇〇円の貸金債務を同三六年四月末日までに支払わないときには、原告が予約完結権を行使して右債務の代物弁済として本件建物の所有権の移転を受ける旨の代物弁済の予約をなし、同三五年一二月八日本件建物について原告のため右予約を原因として所有権移転請求権保全仮登記がなされた。ところが、清治郎は右弁済期に右債務を支払わなかったので、昭和三六年五月一九日原告は、清治郎に対し右代物弁済予約完結の意思表示をなして、本件建物の所有権を取得した。しかるに、清治郎は、原告に対し右仮登記に基づく所有権移転の本登記をしないばかりでなく、同年七月一三日本件建物を訴外中野哲郎(以下中野という)に売渡して同年同月二三日同人のため所有権移転登記をなしたので、原告は、清治郎に対し右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を、中野に対し右本登記手続をすることの承諾をそれぞれ求める訴訟を提起して、その後原告勝訴の確定判決(大阪高等裁判所昭和三七年(ネ)第一、六二一号事件)を得、これによって、昭和四三年四月四日、本件建物について右仮登記に基づき所有権移転本登記を了し、中野のためなされた右所有権移転登記は抹消された。
(三) しかるところ、被告兵頭義雄は昭和三七年九月七日に①の部屋を賃料一ヶ月金四、〇〇〇円で、同石原立雄は同四二年八月に③の部屋を賃料一ヶ月金三、〇〇〇円で、同荒尾忠敬は同三七年八月二〇日に②および④の部屋を賃料一ヶ月金五、五〇〇円で、同川上愛子は同三六年五月末日に⑤および⑥の部屋を、賃料一ヶ月金五、〇〇〇円で、同日高昇一郎は同三七年九月に⑦の部屋を賃料一ヶ月金六、〇〇〇円〔ただし、本件建物のうち別紙図面記載⑧の部屋(以下⑧と部屋という)の賃料との合算額〕で、それぞれ、清治郎または中野から賃借して、じ来右各賃借部屋を占有して現在に至っており、さらに、同峯山祥明は昭和三九年一月二〇日に⑦の部屋に同日高昇一郎から同居させてもらってじ来これを占有して現在に至っている。
(四) しかしながら、被告らは本件建物について原告が前記仮登記をなしたのちに本件建物を右のとおり各賃借等して占有するに至ったものであるから、右仮登記に基づき所有権移転の本登記を了した原告に対しその各占有権限を対抗できない。そうすると、被告らは原告が右本登記経由後は何らの権限なく不法に本件建物を占有しているものである。
(五) よって、原告は、所有権に基づいて、被告らに対し前記のとおり本件建物のうち各占有部屋の各明渡しおよび被告峯山祥明を除くその余の被告らに対し右本登記の日である昭和四三年四月四日から右各明渡しずみに至るまで前記のとおり各占有部屋にかかる賃料相当額損害金の各支払いを求める。
(被告らの抗弁に対する答弁)≪省略≫
二、被告ら訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁および抗弁として、次のとおり述べた。
(請求の原因に対する答弁)
(一) 請求の原因(一)の事実のうち、本件建物がもと訴外川端栄治郎の所有であったところ、原告主張のとおり、本件建物の所有権が、右川端栄治郎から清治郎に、清治郎から三山に、三山から清治郎に、順次譲渡されたことは認める。
(二) 請求の原因(二)の事実のうち、原告主張のとおり本件建物について原告のため昭和三五年一二月八日所有権移転請求権保全仮登記がなされ、ついで、同四三年四月四日右仮登記に基づく所有権移転本登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 請求の原因(三)の事実のうち、被告兵頭義雄が①の部屋を、同石原立雄が③の部屋を、同荒尾忠敬が②および④の部屋を、同川上愛子が⑤および⑥の部屋を、同日高昇一郎が⑦の部屋をそれぞれ占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告峯山祥明は、昭和四三年四月四日以前より⑦の部屋に居住しているが、被告日高昇一郎の履行補助者として居住しているものであって独立占有しているものでなく、また、その余の被告らは、後記(抗弁)(一)ないし(三)記載のとおり貸借等して、じ来右各部屋を占有して現在に至っているものである。
(四) 請求の原因(四)の事実は否認する。
(五) 請求の原因(五)の事実のうち、本件各部屋にかかる賃料相当額損害金が原告主張のとおりであることは否認する。
≪以下事実省略≫
理由
一、本件建物がもと訴外川端栄治郎の所有であったところ、清治郎が本件建物を、昭和二四年七月二〇日右川端栄治郎から無償譲渡を受けて、その所有権の移転を受けたが、同三三年四月一六日三山に売渡したこと、しかし、同三五年一一月二五日清治郎は、三山から本件建物を買戻して、再びその所有権を取得したこと、ところが、本件建物について、昭和三五年一二月八日清治郎から原告のため代物弁済予約を原因として所有権移転請求権保全仮登記が、ついで、同四三年四月四日原告のため右仮登記に基づく所有権移転本登記がそれぞれ経由されたことは、当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、請求の原因(二)の事実(ただし、当事者間に争いがない右事実を除く)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二、右認定等の事実によると、原告は代物弁済によって昭和三六年五月一九日本件建物の所有権を取得したものであるところ、本件建物について、原告のため、同三五年一二月八日右代物弁済予約を原因として所有権移転請求権保全仮登記が、ついで、同四三年四月四日右仮登記に基づき所有権移転本登記がそれぞれ経由されておって、右仮登記には順位保全の効力があるものであるから、右仮登記経由よりのちの原告の関与しない本件建物の処分行為は、原告が右所有権移転本登記経由後においては一切原告に対抗できないものといわなければならない。
三、ところで、原告が本件建物について所有権移転本登記を了した昭和四三年四月四日以前(その以前のいつからかはさておく)から、被告兵頭義雄が①の部屋を、同石原立雄が③の部屋を、同荒尾忠敬が②および④の部屋を、同川上愛子が⑤および⑥の部屋を、同日高昇一郎が⑦の部屋を、それぞれ占有して現在に至っていることは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると、被告峯山祥明は右同昭和四三年四月四日以前(その以前のいつからかはさておく)から⑦の部屋を占有(被告日高昇一郎と共同占有)していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
四、そこで、被告らが右各占有部屋につき原告に対抗できる占有権限を有するか否かについて検討する。
(一) ≪証拠省略≫によると、中野から、被告兵頭義雄は昭和三七年八月六日頃①の部屋を、同石原立雄は同四二年頃③の部屋を、同荒尾忠敬は同四〇年頃②の部屋を、それぞれ、賃借して、じ来占有していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、被告らは、抗弁(一)において、右各賃借当時中野が本件建物の所有権または賃貸権限を有していた旨主張するが、この主張を認めるに足りる証拠はなく、前記一に認定の事実によると、中野は昭和三六年七月一三日清治郎から本件建物を買受けているが、前記二に記述のとおり、中野の右買受は、原告の本件建物の前記代物弁済による所有権取得に優先せられ、これに対抗できないものであるから、右各賃借当時においては、却って、中野は本件建物の所有権(または賃貸権限)を有しておらず、したがって、右被告らが中野から右のとおり賃借したことは原告の前記所有権移転本登記経由後においては結局原告に対抗できないものといわねばならない。なお、被告らは抗弁(一)において、右被告らが、右各賃借当時本件建物の不動産登記簿上の所有名義人が中野であったため同人が本件建物の所有権または賃貸権限を有しているものと信じた旨主張し、弁論の全趣旨によると、右主張事実は認められ(ただし、中野が右登記名義を有していたことは当事者間に争いがない)、右認定を覆すに足りる証拠はないが、右事実があったことによっては、右被告らが原告に対抗できる賃借等の占有権限を取得するに由ない。
(二) 被告川上愛子は抗弁(二)において昭和三五年一一月清治郎から⑤および⑥の部屋を賃借した旨主張するところ、右被告は右主張にそう供述をしている。しかし、同被告の右供述部分は、≪証拠省略≫に照しにわかに措信できず、他に右抗弁(二)の事実を認めるに足りる証拠はない。ところで、≪証拠省略≫を総合すると、却って、被告川上愛子は昭和三六年五月頃清治郎(訴外星野が代理)から⑤および⑥の部屋を賃借してじ来これを占有していることが推認できるが、被告川上愛子の右賃借は前記二に記述のとおり原告の前記所有権移転本登記経由後においては原告に対抗できないものである。
(三) 被告日高昇一郎および同荒尾忠敬は、抗弁(三)において、被告日高昇一郎が三山から昭和三五年夏頃⑦および④の部屋を賃借したが、同三六年一〇月頃被告荒尾忠敬に④の部屋を転借した旨主張するところ、右被告らおよび証人野依武男はいずれも右主張にそう供述をしている。しかし、右被告らの右各供述部分は、≪証拠省略≫に照し、いずれもにわかに措信できず、他に抗弁(三)の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。ところで、≪証拠省略≫を総合すると、却って、被告日高昇一郎は昭和三六年に中野から⑦および④の部屋を賃貸し、その後④の部屋を被告荒尾忠敬に転貸し、これについて中野から黙示の承諾を得ていたことが推認できるが、被告日高昇一郎の右賃借および同荒尾忠敬の右転借は前記二に記述のとおりいずれも原告の前記所有権移転本登記経由後においては原告に対抗できないものである。
(四) 右認定事実に≪証拠省略≫を総合すると、被告峯山祥明は、同日高昇一郎から、同被告が⑦の部屋を中野から賃借した昭和三六年より後に、⑦の部屋に同居(無償で転貸借)させてもらって、これを占有し、これについて中野から黙示の承諾を得ていたことが推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし、被告日高昇一郎の⑦の部属の賃借が原告に対抗できないものであることは前記のとおりであるから、結局、被告峯山祥明の右転借も原告の前記所有権移転本登記経由後においては原告に対抗できないものといわなければならない。
(五) そうすると、被告らが前記各占有の部屋につき原告に対抗できる占有権限を有していることは認められない。
五、次に、被告らの抗弁(四)の権利の濫用の主張について検討する。
被告らが本件建物の前記各部屋を占有するに至った経過は前記四に認定のとおりであるところ、≪証拠省略≫によると、被告らはいずれもけっして富裕でなく、他に同居家族があり(ただし、被告石原立雄および同峯山祥明を除く被告ら)、さしあたって転居する家屋もない(ただし、被告石原立雄は両親の居住している家屋があるが、そこは手狭である)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。これに対し、原告が本件建物の所有権を取得した経過は前記一、二に認定したとおりであるところ、≪証拠省略≫によると、原告が被告らに本件建物の明渡を求める動機として考えているところは原告の夫が死亡したので、従前亡夫が営んでいたアパート業をやめたいためであって原告やその家族の者が本件建物を利用する必要に迫られているものでないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし、原告の本件建物取得の経過、≪証拠省略≫によると、原告は、清治郎に相当多額の金を貸与してこれが回収を確実にするため前記仮登記を取得したので、本件建物取得後は右貸金の回収をはかって本件建物およびその敷地をより有利に利用処分しようと計画し被告らに本件明渡しを求めているもので、ただ、理由もなくいやがらせのために右の措置に出ているものでないことが推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、原告の右措置は貸金の回収をはかる者としては当然とりうるところであって、これを不当として非難するわけにはいかないこと、≪証拠省略≫によると、原告は昭和三六年に、清治郎や中野に対し本件建物明渡しおよび本件所有権移転本登記手続等を求める訴訟を提起し、本件建物について占有移転禁止の仮処分を申し立ててこれが執行をなしたうえ、執行吏が本件建物を点検しており、その後右訴訟事件は相当長期間係属し、また、原告が被告らに本件建物の明渡しを求めて本訴を提起してからも相当長期間を経過していることが認められるので、これらの事実によると、被告らは、前記各賃借当時あるいはその後において、本件建物の所有権者について争いがあるため清治郎あるいは中野が正当な所有権者(または賃貸権限者)でない疑いがあり、したがって、清治郎らから賃借して入居した被告らは、場合によっては、長く本件建物に居住できず、明渡を覚悟しなければならないことになるやもしれないことを他から聞知したり、あるいは察知すべき状況下にあったことが推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はないので、この場合、被告らとしては入居時あるいはその後において本件建物の権利関係を調査し、転居する等の身の振方を考えて、その転居先を探索したり、あるいは原告と明渡しや居住を継続することにつき誠意をもって交渉するなどの措置をとるべきであったというべきであるのに、弁論の全趣旨によると、被告らは右措置をとっていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、この点被告らにおいて非難される余地はあることなどを考え合すと、被告らの窮状は理解できないでもないが、この点を考慮に入れても、原告の被告らに対する本件明渡し請求を権利の濫用として排斥するわけにはいかない。そうすると、被告らの抗弁(四)の権利の濫用の主張は採用しない。
六、以上の次第で、被告らは、原告が本件建物につき所有権移転本登記を了した昭和四三年四月四日以降においてはその占有権限を原告に対抗できないので、じ来、前記各部屋を何らの権限なく占有しており、したがって、原告に対しそれぞれ右各部屋を明渡す義務があるものといわなければならない。ところで、原告は被告峯山祥明を除くその余の被告らに対し右昭和四三年四月四日から右明渡ずみに至るまで右各占有部屋にかかる賃料相当額損害金の支払いを請求(これは、不法行為または、不当利得に基づく請求と解する)しているので、この請求について考えてみる。まず、不法行為請求については、前記認定のとおり、右被告らは、原告が前記所有権移転本登記を了した昭和四三年四月四日より前は正当に前記各部屋を占有する権限を有していたが、右本登記経由後は右占有権限を原告に対抗できず、したがって、同日以降においては無権限に占有することになったものであるが、右被告らが右無権限占有の事実を知り、または、これを知り得べき状況に至るまでは右被告らに故意または過失はないので、その間は不法行為は成立しないと解される。そこで、右被告らが右の事態に至った日はいつか検討するに、≪証拠省略≫によると、原告は、大阪地方裁判所より被告らに対し本件建物明渡し請求権を被保全権利とする前記各占有部屋の執行吏保管、原状不変更の仮処分決定を得て、昭和四三年五月一九日これが執行をなしたことが認められ、この事実によると、同日被告峯山祥明を除くその余の被告らは、その各占有部屋を原告に対し無権限で占有していることを知り得べき状況にあった(したがって過失があった)ことが推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はないので、同日以降における右被告らの右各部屋の占有は不法行為(過失)に該当するものといわなければならないが、原告主張の昭和四三年四月四日から右執行の日の前日の同年五月一八日までの間において右被告らが前記無権限占有を知り、またはこれを知り得べきであったことを認めるに足りる証拠はないので、その間においては不法行為は成立しない。次に、不当利得の請求については、本件のような場合においては、民法第一八九条一項を準用して、善意の占有者に対してはその収益を不当利得として償還請求することができないと解するを相当とするところ、以上に認定の諸事実によると、右被告らは、右昭和四三年四月四日から同年五月一八日までの間においては、自己に正当な占有権限があるものと信じていた、したがって善意であったことが推認でき、この認定を覆すに足りる証拠はないので、その間においては不当利得は成立しない。そうすると、右被告らは、原告に対し、それぞれ、不法行為に基づく損害賠償として、昭和四三年五月一九日から前記各占有部屋の明渡しずみに至るまで右各部屋にかかる賃料相当額損害金を支払う義務があるが、原告主張の昭和四三年四月四日から同年五月一八日までの間は右損害金(または不当利得に基づく利得金)を支払う義務はないものといわなければならない。そこで、右損害金額について検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、右賃料相当額損害金は①の部屋については一ヶ月金四、〇〇〇円、③の部屋については一ヶ月金三、〇〇〇円、②および④の部屋については一ヶ月金五、五〇〇円以上、⑤および⑥の部屋については一ヶ月金五、〇〇〇円、⑦の部屋については一ヶ月金一、五二七円〔昭和四三年三月三一日より以前において被告日高昇一郎は、⑦、④、⑧、(四坪六合五勺)の部屋につき一ヶ月合計金九、〇〇〇円の賃料を支払っていたので、右賃料額を右部屋の面積で按分すると、⑦の部屋にかかる賃料金額は金一、五二七円(円未満切捨)となる〕であることが推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。原告は、⑦の部屋の賃料相当額損害金は一ヶ月金一、九〇〇円である旨主張するが、右主張の内右の認定金額をこえる部分についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
六、そうすると、原告に対し、被告兵頭義雄は①の部屋を、同石原立雄は③の部屋を、同荒尾忠敬は②および④の部屋を、同川上愛子は⑤および⑥の部屋を、同日高昇一郎および同峯山祥明は⑦の部屋をそれぞれ明渡し、かつ、昭和四三年五月一九日から右各明渡しずみに至るまで、同兵頭義雄は一ヶ月金四、〇〇〇円の割合による①の部屋にかかる賃料相当額損害金を、同石原立雄は一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による③の部屋にかかる同損害金を、同荒尾忠敬は一ヶ月金五、五〇〇円の割合による②および④の部屋にかかる同損害金を、同川上愛子は一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による⑤および⑥の部屋にかかる同損害金を、同日高昇一郎は一ヶ月金一、五二七円の割合による⑦の部屋にかかる同損害金を、それぞれ支払う義務があるものといわなければならない。
七、よって、原告の被告らに対する本訴各請求は、右の明渡しおよび金員支払いを求める限度において理由があるから、この部分を認容し、被告峯山祥明を除くその余の被告らに対するその余の各請求は理由がないからこの部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条ただし書、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一、四項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎末記)
<以下省略>